・2018年5月22日例会

5月22日(火)

幻の都・恭仁京~橘諸兄の本拠地へ~

加茂駅―恭仁大橋―大井手用水開設の看板ー

海住山寺―千本杭―山城国分寺跡・恭仁宮跡(昼食)-木津川市文化財整理保管センター―恭仁大橋―加茂駅

 

みかの原わきて流るる泉川 いつみきてとか恋ひしかるらんと百人一首で詠まれた地、瓶原(みかのはら)を歩きました(泉川は木津川のこと)。 

 

今日は前回(磐余池跡、5つの候補地を巡る)とは打って変わっての好天気。冷たい風が心地よく、84人の参加者は、皆さん気持ちよく歩いておられました。

「大井手用水」の開設の看板を過ぎ、海住山寺への急な坂を上ります。

「海住山寺まで800m」との大きな看板が見えますが、足はなかなか前に進みません。何とか息も切れ切れに境内に辿り着きました(涼しい顔で上って来る人もたくさんいらっしゃいました。)その海住山寺は解脱上人貞慶が再興した寺で、高さ17.7mの小さな五重塔は国宝になっています。心柱は礎石の上に立つのではなく、初重の梁に立てられています。五重塔の断面図を使ってスタッフから説明がありました。

海住山寺の慈心上人が鎌倉時代に水利に困窮した瓶原の農家を救うため大井手用水を完成させました。水路に沿って進むと「千本杭」跡に至ります。「千本杭」は水路を二手に分かれるところに多くの杭を立てて、水の流れの勢いを弱める設備であったとの説明がスタッフからされました。

 

 

恭仁宮址で昼食。山城国分寺址雙恭仁宮の碑は、恭仁宮が5年で廃止された後、山城国分寺の境内に含まれるようになったことから、このような碑が立てられています。そして天皇が日常生活を過ごされる内裏が、道路を挟んで西側内裏と東側内裏に分けて造られ、その南に大極殿が建てられていました。

昼からの蘊蓄話は、奈良の大仏さんがどのような方法で造られたのか、イラストを使っての話がありました。延べ260万人の人々が関わり、多くの犠牲を払いながらも壮大な事業が行われた様子がスタッフの尾花さんから語られました。

木津川市文化財保管センターで、恭仁宮の構造、山城国分寺、恭仁宮周辺の名所・旧跡のビデオを見学し、帰路につきました。

 

 

 

本日はきつい山道もあり大変お疲れさまでした。本日の踏破距離は12kmでした。

 

次回は6月7日(木)。アサヒビール吹田工場で美味しいビールを味わいます。お楽しみに!