・2018年2月11日例会

2月11日(日)

大阪城内の「巨石ベスト11」を巡る

京橋門桝形・桜門桝形・大手門桝形を鑑賞

 

JR森ノ宮駅―森ノ宮公園(集合)―城中焼亡埋骨墳―京橋門桝形―極楽橋―刻印石広場-隠し曲輪―金蔵―日本庭園―桜門桝形―大手門桝形―教育塔(昼食)―謎の石組―大阪城梅林―JR森ノ宮駅

本日は、風は冷たいものの、穏やかに晴れた気持ちの良い1日でした。参加者は95人。「巨石巡りの案内を見て、面白そうなので神戸から来ました。」「巨石を説明してもらいながら歩けるのが楽しみで、友達を誘って参加しました。」など、うれしいお声をいただきました。

先ずは京橋門桝形にある京橋口二番石(第7位)と肥後石(第2位)。あまりの大きさに一同歓声が上がります。桝形は攻めてくる敵の直進を妨げ、勢いを鈍らせるために城壁を設けられたもので、敵の攻撃を食い止めるために考えられたとの中浦会長の説明に一同納得の表情。

極楽橋を渡ると刻印石広場に出ます。石垣の構築に携わった各藩の紋の説明がされています。近くの石垣には個々に紋が刻まれた石の石垣が残っています。

日本庭園は大阪城をバックにした絶好の撮影ポイント。みなさん、思い思いにシャッターを切っていました。

桜門桝形には石(第1位)碁盤石(第6位)烏帽子石(第9位)が並んでいます。蛸石は正面から見た時に左下にある「蛸」のような模様があることからつけられました。花崗岩に含まれる鉄分が酸化しこのような模様ができたとのことです。中浦節はますます好調です。

最後は大手門桝形で、大手見付石(第4位)大手二番石(第5位)大手三番石(第8位)が行く手を遮るように並んでいます。

大手門を抜けて南外濠を歩きます。

瀬戸内海からの島から持ち込まれた石が非常に多く、岡山藩の池田忠雄が巨石トップ10のうち7つの巨石を担当しており、甚大な財力を注いだことがわかります。現存する遺構は豊臣時代のものではなく、徳川幕府が豊臣の痕跡を消すため、10年がかりで諸藩に命じて再構築させたものです。財力の豊かな藩に普請を命じて財政を疲弊させ、幕府に歯向う力を殺(そ)いでいったことが、徳川幕府を250年もの間続かせた秘策だったとのこと。中浦節は最高潮でした。

場内の梅林にはチラホラと梅が咲き始めていました。春が確実に近づいています。早く暖かくなって欲しいですネ。

次回は、「香芝市」の市名の由来になった鹿島神社他香芝市内の神社、御陵を巡ります。