・2017年9月23日例会

月23日(祝・土)

名刹・粉河寺と近代土木遺産・龍之渡井

 ―世界最初の全身麻酔手術成功者・華岡青洲を訪ねるー

 

JR粉河駅―粉河寺大門―粉河寺本堂―秋葉公園―高野の辻―藤崎井堰―旧名手宿本陣―青洲の里―春林軒―龍之渡井―西笠田駅

 

  

本日は本拠地桜井から遠く離れた和歌山県粉河寺周辺を巡るウオーキングである。

前日の雨も上がり、天気は曇り。JRの時刻に合わせて10時40分粉河駅集合だ。 

遠方にもかかわらず64名の参加があった。(写真は粉河駅での出発式の様子)

 

粉河駅前で出発式を行い、駅の北側にある粉河寺に向け出発する。門前町らしく整備された街並みの中を行くと前方に巨大な朱塗りの粉河寺の大門が見えてくる。大門をくぐると、多数の堂塔が建ち並ぶ境内、石畳の参道を進み中門を登ると左手に石組みの珍しい庭園と、その向こうに礼堂と正堂が結合した構成の複合仏堂の本堂が見えてくる。本堂前でしばし参拝や御朱印のため解散。出発前にリーダーから粉河寺の歴史などの説明があった。(写真は粉河寺本堂前にて)

 

次は秋葉公園を目指して出発。中門を出て左に折れ急な山道を登っていくと秋葉公園に到着する。ここは藤堂高虎の居城・猿岡城があった所とか。ここで昼食タイム。

(写真は秋葉公園にて蘊蓄話の様子) 

 

 

昼食後リーダーより恒例の蘊蓄話を聞き、藤崎井堰に向け出発する。

 

南に下りJR和歌山線を越え、しばらく行くと旧大和街道に入る。旧街道らしい雰囲気の細い舗装された道が続いている。途中小ぶりの常夜燈が道端に残っており旧街道を思わせる。正面に見えた高架道路で右折れし、500m先の新龍門橋まで歩き藤崎井堰を眺望する。

 

紀の川の流れの中に小さなダムのように設置されており、ここの両岸から取水されているとのこと。この井堰は18世紀初めごろ紀州藩士の大畑才蔵が開削した灌漑用水の藤崎井であり、昭和32年に大改修され藤崎井堰として現在も下流の和歌山の耕作地を潤している。(写真は藤崎井堰を眺望)

 

 また旧大和街道に戻り、西高野街道との分岐である高野の辻や、そこにある常夜燈を見て、東に続く街道を行く。名手に入り旧名手宿本陣に着く。名手の大庄屋の妹背家の屋敷であり、紀州藩主の参勤交代時の宿舎としても使われたことより本陣と呼ばれた。この妹背家は華岡青洲の妻加恵の実家でもあった。ここでしばしトイレ休憩の後青洲の里に向かう。

(写真は旧名手宿本陣の屋内)

旧大和街道から県道127号線に入りしばらく緩やかな登りを北に向かい、県立高等看護学院のところを右に折れれば道の駅青洲の里に到着する。ここで最後のトイレ休憩。

 

 

この青洲の里は、華岡青洲の住居や診療所などを復元した春林軒と、黒川紀章設計の麻酔薬の主成分となったマンダラゲの花をモチーフにしたユニークなフラワーヒルミュージアムからなっており、このミュージアムには青洲の遺品や資料が展示されており、また地元でとれる旬の食材にこだわったレストランなどもあり、ゆっくりと過ごす公園にもなっている。

 (写真は青洲の里の華岡青洲の像)

次は最後の見学地・龍の渡井を目指す。青洲の里からみかん畑や集落のあるなだらかな道を下ると国道480号線にでる。この道を少し下ると左手に穴伏川にアーチ状にかかるレトロな水道橋がある。ここでしばし見学。説明板によると、1707年徳川吉宗の命を受けた大畑才蔵により開削された小田井灌漑用水路で特に途中の川を越えるところで水道橋が掛けられたが、最も難工事であったのがこの龍之渡井であった。最初は木造の橋であったが大正8年レンガ石張りの橋に改修され今に至るとのこと。現在も豊富な水が流れる用水路である。

 (写真は龍の渡井)

これですべてのポイントを回りゴールの西笠田駅を目指す。

 

本日はお疲れ様でした。踏破距離は11kmでした。