・2017年12月5日例会

 12月5日(火)

 真田信繁最期の地・安居神社を訪ねる

 大阪冬の陣、圧勝の地・真田丸探索

 玉造駅―東小橋北公園―三光神社―御勝山古墳―

 生野区民センター-安居神社-一心寺―茶臼山―天王寺駅

 

  

本日のコースは真田信繁が大阪冬の陣で活躍した拠点・真田丸推定地を見て、夏の陣で力尽き信繁の最期となった安居神社を巡るコース。天気は晴れ時々曇りで風が冷たい。JR玉造近くの東小橋公園10時集合。本日のリーダーの会長から挨拶・コース説明など出発式を行い早速ウオークスタート。本日の参加者は89名。(写真は東小橋北公園での出発式)

 

公園からJR の環状線をくぐり玉造駅の西側にある三光神社へ。ここはまさしく真田丸があった所。信繁の像があり、横には大阪城に通ずるとされる抜け穴の入り口がある。

(写真は三光神社の信繁像の前にて)

ここから真田丸の周囲をまわりこむように歩き、明星高校グラウンド横の真田丸の顕彰碑のところで会長よりこの真田丸についての解説を聞く。こうして歩くことで信繁が徳川軍を悩ませた真田丸の大きさを実感できる。

ここから南へ少し行くと真田山公園に着く。ここでしばしトイレ休憩。(写真は大阪の陣を熱く語る会長)

 

真田公園からは南へ下り、近鉄大阪線を越えすぐ左に曲がり鶴橋駅の南側を東に500m程行けば鶴橋本通り商店街。何か懐かしさを感ずる商店街を、南に通り抜け右に入れば木野村飯田邸の前に到着。(写真は鶴橋本通り商店街を行く様子)

ここは大阪の陣で、庄屋であった同家の敷地にあった飯田山を徳川秀忠に前線基地として提供し、勝利に貢献をしたことで幕府から特別に飯田の名字を名乗ることを許されたという逸話のある飯田家の立派な邸宅のあるところ。(写真は飯田邸の前にて)

 

次は南に下り、左折れして住宅街に入ればつるのはし跡公園に到着。ここは4世紀に渡来人の技術により百済川(旧平野川)に架けられた最古の橋の跡とのこと。(写真はつるのはし跡公園にて)

 

 ここから旧平野川が埋め立てられできた湾曲した道に沿って御勝山公園に行く。

 

御勝山公園で昼食タイム。この公園にある御勝山古墳は5世紀前半の前方後円墳で今は後円墳だけが残り保存されている。前方部は大阪の陣のおり徳川方の陣が置かれたため著しく破壊されたと言われている。(写真は御勝山公園にて)

 

午後の恒例の蘊蓄話は、副会長不在のため野村さんのお話を聞いて午後のスタート。西に歩き、摂津国分寺跡へ。ここは741年に聖武天皇の勅願により国ごとに国分寺や国分尼寺が置かれたとき、摂津国に建てられたもの。周辺から古瓦が出土しておりこの地の説が有力とのこと。(写真は摂津国分寺跡にて)

 

 ここからさらに西に進み四天王寺へ。ここでトイレ休憩。さらに谷町筋を渡り西に進むと安居神社へ到着。ここは真田信繁が討ち死にした場所といわれ、信繁の銅像や、信繁が力尽きたとされる「さなだ松」もある。幸村フアンの聖地とのこと。(写真は安居神社にて)

 

 

 

ここから25号線を渡り、一心寺の横を通って天王寺公園の中にある茶臼山へ行く。

 

ここで会長より名調子の茶臼山にまつわる大阪の陣の話に耳を傾ける。茶臼山は一説には5世紀ごろの前方後円墳とも言われており、また大阪冬の陣では徳川家康の本陣となり、夏の陣では真田信繁の本陣となって茶臼山の戦いの舞台となった所として有名。(写真は茶臼山の前にて)

  

天王寺公園の中を巡りゴールのJR天王寺駅へ。

 

本日はお疲れさまでした。歩行距離は10kmでした。