・2017年10月9日例会

 10月9日(祝・月)

 浮彫りの薬師三尊像石仏安置の石井寺へ

 倉橋溜池周遊道路と神武東征の道をゆく

 桜井駅―等彌神社―倉橋溜池―石井寺―舒明天皇陵―

 大和朝倉駅(10kmゴール)―仏教公伝の地―桜井駅

  

 本日のコースは、奈良県の4大溜池の1つの倉橋の溜池の周囲に整備された遊歩道を回遊し、忍阪地区の石井寺や舒明天皇陵また神武東征の伝承の道を巡るウオークである。

 桜井駅9時30分集合。本日は曇りで少々暑くなる予想だが、ウオーキングにはいい日よりになりそう。 出発式を桜井駅南口で行い、桜井の本町の閑散としたアーケードの商店街通りを通り等彌神社を目指す。本日の参加者は80名。 

 等彌神社では、参道を登り本殿下の鳥見山の登り口付近で、会長から鳥見山の伝承を聞く。これによると、この鳥見山は神武天皇の建国時に大嘗会が営まれた場所であり、また神武東征時金のトビが飛来したのもこの鳥見山と言われておりいわば建国の聖地であるとのこと。

(写真は等彌神社にて)

次は倉橋の溜池を目指す。等彌神社を出て南に進み、大きな交差点を左折れして

 

しばらく行くと、右の上り坂に入り少し行けば倉橋溜池の管理棟近くにでる。今は渇水期か水面がかなり下がっている。ここで少し会長から倉橋溜池のレクチャーあり。

 

ここから溜池の周りに設けられた約4kmの遊歩道に入り約3/4周する。遊歩道はフラットで舗装もされ、また池側には丈夫な柵を設けられ安全に、溜池や周囲の山々を眺めながらの快適なウオークが楽しめる遊歩道である。ぐるっと遊歩道のウオークを楽しんで倉橋ため池ふれあい公園で昼食タイムをとる。

(写真は倉橋溜池の遊歩道をウオーク中)

 

 昼食後、恒例の頭の体操を兼ねた蘊蓄話を副会長から聞き、忍阪に向け出発する。

  

 

倉橋の溜池の堰堤から忍阪に向け田圃の中の道を下っていくウオークは、左手に倉橋の溜池の巨大な堰堤を眺め、右手にはこれまた巨大な天王山古墳群を見ながら、前方には外鎌山や忍阪の村落が山間にみえる、すばらしくのどかな里山を実感するところである。

166号線との交差点を渡り、忍阪の村落に入ると間もなく石井寺に到着する。ここで忍阪地区の有志のみなさんの歓迎を受け、石井寺の重要文化財に指定された浮彫の薬師三尊石仏の拝観をさせてもらう。この石仏は丸みを帯びた三角状の砂岩に柔らかな微笑みを浮かべる三尊が浮き彫りされており、白鳳時代の名品といわれている。拝観した皆さんはこの石仏を見てほっとした気持ちになったことでしょう。

(写真は薬師三尊像の拝観の様子)

次は舒明天皇陵に向かう。途中の登り道に大きな石があり、その上に火の見やぐらが立っている珍しい建造物?を見学。会長の説明によると、これは神籠石といって神武東征時、天皇がこの地にいた八十建を討つときに盾としたという大石だそうである。神話といわれた話に、伝承の物証が存在しているのは大変興味が弾かれるところである。

(写真は神籠石)

 もう少し登ると舒明天皇陵に到着する。ここで会長より舒明天皇並びにこの御陵に関して詳しく解説あり。いまは木々に覆われているが、わが国初の立派な八角墳であり天智天皇や天武天皇の父の舒明天皇並びに母親の田村皇女が合葬されているとのこと。(写真は舒明天皇陵にて)

 

さらに御陵の横を登ると静かな谷の奥に鏡女王押坂墓がある。鏡女王は天智天皇の妃であり、のちに藤原鎌足の正室になり、鎌足の病気平癒を願って山階寺(後の興福寺)を建立したと伝えられている。この先を登っていく外鎌山にいたるとのこと。ここからは忍阪の村の中を通り10kmのゴールの朝倉駅を目指す。

  

朝倉駅では10kmゴールされる十数名を見送って、途中玉列神社でトイレ休憩をとり初瀬川のほとりの仏教公伝の地を目指す。

  

仏教公伝の地では、川岸の壁面に描かれた「遣隋使がこの地に帰ってきた際の出迎えの様子」を描いた壁画の前で、会長より解説があり。ここは当時の国際交流の接点であり、6世紀半ばにこの地に百済より初めて仏教がもたらされたと言い伝えられているとのこと。

  

次は15kmのゴールであるJR桜井駅。本日はいつもより長い距離のウオークお疲れさまでした。