・2016年12月6日例会報告

12月6日(火)

聖徳太子の住居跡?を訪ねる

―金のトビ・宇宙人の埴輪が出土―

JR桜井駅南口―来迎寺―桜井・魚市場跡―

等彌神社―上之宮遺跡―の鳥居―磐船橋―

春日神社―崇峻天皇陵―倉橋溜池―

忍坂道伝承地碑―庚申堂―石位寺―神籠石―

舒明天皇陵―玉津島神社―生根神社―山口神社―

宇陀が辻―報恩寺―桜井駅南口

 

 晴れるとの天気予報にもかかわらず、今にも雨が降り出しそうな雲行きで天気が心配な朝です。本日はウオーキングクラブの拠点・桜井市の会長厳選のディープな史跡を巡るウオークです。

 

 10時JR桜井駅南口集合。駅の南口の広場で出発式を行った後、桜井の駅前の路地の中を通って来迎寺を目指します。本日の参加者は90人です。

 

 昔の伊勢街道で、今はさびれてアーケードもなくなった桜井本町通商店街の通りに接した来迎寺は融通念仏宗のお寺で、広い手入れの行き届いた境内には江戸末期に再建された立派な本堂があります。ここは1513年了清が早創した融通念仏宗のお寺とのこと。(写真は来迎寺の本堂)

 

 次はこの本町通商店街を東に少し行くと、魚市場跡があります。ここは伊勢街道と多武峰街道が交差するところにあり、かっては魚市場のあったところで宿場としても栄えました。魚市場跡を右折し、国道165号線を渡たり寺川に沿って南に歩き、途中左に折れて等彌神社を目指します。(写真は魚市場跡にて)

 

 等彌神社では金のトビが発掘された下之宮や、これを発見した松屋甚兵衛にその後不幸ごとが重なったため、石灯篭を作りこの神社に納めたという石灯籠の見学など、金のトビといわれる埴輪に関する伝承について、境内を散策し会長の解説を聞きました。(写真は等彌神社下之宮にて)

 

 次は奈良情報高校近くにある上之宮遺跡に行きます。

 ここは特定区画整理事業に伴う発掘調査で豪族の居館遺構が発見され、その一部が史跡として整備されて上之宮庭園遺跡として公開されています。ここは一説には聖徳太子の住居跡という説もあり歴史のロマンを感ずるところでもあります。(写真は上之宮庭園遺跡にて)

 

 次は、談山神社の一の鳥居をみて、磐船橋を渡りメスリ山古墳後円部の南東すぐに岩舟山という台地の集落の中にある春日神社を目指します。ここは上宮寺境内にあって磐船明神と称していたが、のち春日神社と呼ぶようになったとか。聖徳太子との縁も深いようです。(写真は春日神社にて)

 

 ここからは昼食場所の倉橋溜池のふれあい公園を目指します。聖林寺の近くを通り談山神社へ通じる桜井吉野線の道路わきの村落の中を寺川沿いに進むと、崇峻天皇陵に出ます。ここを左折れして桜井吉野線の道路を横切り桜井福祉センターの近くでトイレ休憩した後倉橋溜池に向かいます。途中観光開発に挫折し閉鎖された物産販売兼レストラン?の建物の横をとおり倉橋溜池に出ます。溜池に沿った遊歩道をしばらく歩き昼食場所のふれあい公園に到着です。(写真は倉橋溜池)

 

 

 

 昼頃には日差しにも恵まれ、倉橋溜池の気持ち良い湖面の風景を眺めながらの昼食タイムです。昼食後は恒例の副会長の蘊蓄話を聞き石位寺目指して出発です。

 

 倉橋溜池の周遊道路を歩き堰堤に出る手前で右折れして、巨大な天王寺山古墳を右手に見ながら田圃のなかを忍坂目指して下っていきます。後方には倉橋溜池の巨大な堰堤が望めます。

 

石位寺では忍坂の地元の皆さんからコーヒーやお茶の接待をうけました。ありがとうございました。また石井寺に関する由来についてお話をお聞きしました。薬師三尊石仏の拝観を希望された方は本堂の裏の収蔵庫にある石仏を拝観して、この石仏の美しさに魅了されたことでしょう。(写真は石位寺にて)

 

 次は同じ忍坂地区にある舒明天皇陵に行きます。途中左手に神籠石の見学です。神武東征の時にヤソタケルを討つとき時にこの石に隠れ、石垣をめぐらして盾としたという言い伝えのある巨石が残っています。この道をさらに登ると舒明天皇陵に到着です。(写真は神籠石での説明の様子)

 

 次は山口神社の巨木の鑑賞です。途中玉津島明神でここに伝わる話を聞き、忍坂から朝倉台の住宅地に南端を通り166号線を渡って左折れすると山口神社に到着です。ここの楠は桜井市で2番目の巨木で周囲7mもある立派なものです。次は外山にある報恩寺に行きます。(写真は楠の巨木)

 

報恩寺では平安後期に制作された丈六像の木造の仏像を見学して、茶臼山古墳のふもとを通りゴールの桜井駅を目指します。

  

本日はご苦労様でした。歩行距離は13kmでした。