2016年5月24日例会報告

 大和桜井市の巨木めぐり

幹周り7.6mの巨大クスを見る

  JR桜井駅北口新明神社恵比寿神社富士厳島神社素戔嗚神社阿弥陀堂忍坂山口神社宗像神社 JR桜井駅

                                                                   

 今日も晴天で、降雨の心配はない。桜井駅北側の集合地は幸い涼しい日陰で,ありがたかった。今年のウオーキング開催日は晴天続きであったことに馴れてきたのか、少し曇った方が涼しくて歩きやすい、などと贅沢な声が聞こえる。

 

巨木探訪は天から神が舞い降りられる磐座として神社で大切にされてきた神木を訪ねる企画である。この、神木を訪ねるという心が神に通じ、晴天にしていただいているともいえる。神の加護である。

  

日本には古典芸能がある。この始まりは神が舞い降りられる神木の前で豊作や災害からの安全を祈願し、神を癒すために舞などの芸能を奉納したことが始まりである。この伝統で能舞台の背景には今でも神木である松の木が描かれている。能は舞台を観に来た観客に舞って見せるものではなく,背景の神木に奉納させていただくべきものであった。参拝者のいない神聖な場で密かに舞を奉納されている神社は、この伝統を引き継いでいる。

  

古代の日本人は舞のほかに芝居や相撲、競馬、などが神がお喜びになられるものと考えて奉納されていた。桜井の談山神社では蹴鞠が奉納されている。中南米の我々と同族のインデオにもボールを何日も蹴り続ける神事がある。

  

我々ウオーキング参加者は特別に、これといったものを奉納できない。

 

ところがである。神から見れば各自、思い思いの行動をとる行列の集団を観るのも楽しみなのである。桜井ウオーキングは、これが神への奉納となる。

 

風雪に耐えてきた樹皮の傷跡、枝の折れ口、空ろな幹などを覗き込む者、密かに持病が再発しないようにと心で祈る者の姿、シグサを神は興味深くご覧になっておられる。煩悩多き悩める人という目で我々を見守っておられるに違いない。

  

「大和桜井市の巨木めぐり」 は巨木を観るのではなく、我々参加者の日常の姿、心を、巨木に降臨されている神に観ていただく、というのが桜井ウオーキングなのである。

  

ウオーキング コース は大きく次の3区に分けられる。

 

①JR桜井駅を北上し旧市街地を徘徊して大神神社に至る。参道入口の大鳥居を通過し、さらに北上し富士・厳島神社で折り返し、大神神社の裾を徘徊する。このとき大鳥居周辺を遠望でき、桜井市街を見渡せる。絶景である。日本歴史(600年)が始まる以前に存在したであろう磯城島の倭の風景かもしれない。

 

大神神社の御神体である三輪山の裾を弧を描いて通過する。三輪山の西側から南側の山の辺の道を南下し、大和川(初瀬川)にある仏教伝来の船着き場を経て、再び三輪山南の麓を上り、玉列神社に至る。悠久の歴史を感じさせられる。

 

玉列神社を下山し、対岸に見える近鉄朝倉駅を目指し坂道を上る。この駅の向こうにある朝倉台団地の俗世界を横切り、谷筋に下る。この谷を越えると桜井市 第2位の巨木のある忍坂座山口神社に至る。この巨木は巨木巡りの中で最大周長を呈す大スターである。以後、近鉄沿線南側に沿って、旧市街を西方向に移動すると、JR桜井駅に戻る。 

 

 10時、JR桜井駅に集合し、出発式のあと市内のアスファルト道路を北上する。

 

中和幹線の陸橋下をくぐると新明神社のムクノキがある。桜井市 13位 周長523である。ムクノキには美味しい実がなり、当然、そこにはムクドリの大群が押し寄せる。と言う会長の説明を真剣に聞いている参加者の大半は、このジョークに気が付かなかった。

 

さらに、北上するとJR三輪駅前の恵比寿神社 に至る。 桜井市 27位 周長450 ケヤキである。幹に空洞があり神棚がある。もともと1本の幹が空洞で別れたと思われるが、2本の幹がくっついていて1本になったと解釈されている。そのため、縁結びの神木とされ、御利益のほしい方はお参りを・・・の声を聞いたとき、近くのほうで「もう遅い・・・」という声があり、付近は笑いをこらえていた。

 

この恵比寿神社を出ると、近くに桜井市の巨木順位を調査された建築事務所があり、今回の巨木順位はすべてこの事務所が準拠であるとの説明に参加者は感心されたか、あるいは責任を転嫁された、と感じられたかは不明である。その続きに江戸時代から続く和菓子の本家もあったが古式の板戸は閉じられ、新店舗は大鳥居下に移転されている。

 

 大鳥居では第1回のトイレ休憩である。この休息時間に大鳥居の看板を見ると昭和61年建立の鋼板製、近代構造物である。高さ32m、重量180t、風速80m/sの台風に耐えれる。現実にはあり得ない風速である。石原裕次郎でさえ風速40/sである。しかし、マグニチュード10に耐えるとある。この単位は地震源のエネルーギー量である。構造物に作用する力ではない。構造物に作用する地震力は、震源からの距離、地盤常数「弾性係数・損失エネルギー」、地層構成等で変化する。マグニチュード10に耐えるという意味は今まで遭遇したことが無い大地震に耐えられるという意味であろう。

 

このような巨大地震の地震波形観測は数十年前のカリフォルニア地震からである。世界で初めて巨大地震が観測されたのである。と言うより当時、強震計が存在しなかった。通常の地震計では、想定外の地震とされ、地震計そのものが地震で破壊されていたからである。さすが、アメリカである。いつ来るかもしれない巨大地震に備えて、頑強な地震計を設置していたのである。そのころの地震計はアナログ式で、振動子をロックしないで持ち歩いただけで破損したのである。「もし、壊したら1年間、ただ働きやからな・・・」と脅されていた記憶がよみがえる。

 

 大鳥居を後に富士・厳島神社の桜井市 9位 周長540cm のケヤキを観る。このケヤキは古墳の土砂が無くなったあとの盗掘された石室に根を張り、岩塊の隙間に根を下ろした、生命力旺盛な神木?である。

 

ここからコースは反転し、大神神社本殿前を通過する。「白蛇は居るのか?」「いや、最近、見たことない。」と、大木の祠を覗いていた。祠の前の棚に卵が1個、白く無造作にコロがって見えた。本当に蛇が食べているのだろうか?

 

神社の南口から出ると、そこは、日本最古の山の辺の古道である。参道から左に分け入ると、道幅が畦道程度で、隊列はここで渋滞した。一列下山である。金屋の石仏を通り、大和川(初瀬川)の仏教公伝の地に至る。河川提体内面に壁画があり、遣隋使による国際交流、経典や舶来品などの交易が此の川原で行われていた。という情景が描かれている。いまでは、その面影もなく、壁画が無ければだれも気が付かない。初夏の河原には、ただ青草が茂るだけである。

 

 この河川に沿って上流側の右岸に上ると玉列神社 桜井市 29位 周長443m ケヤキ がある。それほど大きくもないという印象が強く、早う昼飯にと言う表情の参加者が多くみられた。 石段横の灯篭が倒れる恐れがアッたので、灯篭に手を触れないように!と注意が呼びかけられていた。この石段を上ると広場があり、冷たいと思える風が吹き、疲れを癒してくれた。見下ろすと谷筋に通る中和幹線の道路橋を挟んだ向こうに、近鉄大和朝倉駅が見える。午後はこの駅の向こうにある朝倉台の団地を通過する。

 

食事の後の広場では恒例の薀蓄話があり、桜井ウオーキングのブログを紹介されていた。

 

昼食後、朝倉台の丘を越えるとR166の通過する谷筋である。この道路を横断した林の中が忍坂座山口神社である。創祀は不明。天平二年(730)、大倭国正税帳(正倉院文書)に記述があることから,日本史が始まる前から存在していたのであろう。日本の紀元2600年は真実であったかもしれない。

 

この神社に 桜井市 第2位 周長 760 クスノキ がある。京の金閣寺天井板のために、切り倒された後に植えられたことから、樹齢は600年程度になる。この歴史を刻んだかのような根回りの凹凸には横綱のような風格がある。

 

誰かが、「この木の写真を撮るとき、対象物としてだれかおらんな木の大きさがわからん、誰か根元に立って!」との声に、近くにいた者がポーズをつけて立った。一時、撮影会になっていた。

  

補足する。

 このクスノキが神木ではない。

 神木を天井板にできるはずがないからである。そこで、調べてみた。

 

 一書によると「御神体ハ現存セル老杉一本ヲ崇ム」とある。

 さらに、今枯死し、代りに拝殿奥北側の一画に高さ63の磐座を立て、神の依り代とされている(式内社調査報告 松本俊吉氏稿)。とある。

 祭神は、「天一神」であったが、昭和五年十一月十五日に大山祇命を祭神と決定されたのである。

 なぜ、古来からの祭神が替えられたのであろうか

 

天皇が司祭である神「伊勢神宮」よりも偉い「天に一つの神」が存在するとことになるからである。

 満天の星空の中で、ただ一つ不動の星がある

 

全宇宙に生命を吹き込み、活動させている神の星、それは北極星なのである。という信仰である

これが、天皇が至高であるという戦前の思想に触れたからであろう・・・。

  

大木に別れを告げて、宗像神社の 桜井市 第28位 クスノキ へ行く。先ほどの大クスとは違い、何の苦労もなく成長したという風情の直立不動の姿であった。若き青年将校というような凛々しさもある。「なんか見劣りするなー」と言う参加者の声に「いや、これは、これなりに美しい!」と評価されていた。

 

巨木探訪はこれを最後に、桜井の旧市街地を徘徊し、茶臼山古墳を超えて、JR桜井駅に着く。

  

参加者は次々と拝観した神社と巨木に気がとられて「いつの間にか終着点についた。」と言う満足感を浮かべて、IVVカードをもらい、帰路に就いた。 

  

参加者、93名の方々は

 ・大三輪駅前の旧市街の風情と最新技術の鋼鉄の大鳥居。

 ・大神神社境内から遠望した大鳥居と、磯城島の倭の風景。

 ・大神神社を通過する木漏れ日の「山の辺の古道」。

 ・仏教伝道関係者が往来したであろう船着き場。

・初瀬川の初夏の河原。

 ・玉列神社の涼風と、眼下に広がる磯城島の倭。

 ・忍坂座山口神社の神木ではないクスノキの大木。

 のほか、

 

磯城島の倭の残像を胸に秘めて、帰路に就いていただきました。

 お疲れさまでした

 本日のウオーキング距離は12kmでした。